2025年11月27日

1.はじめに:「痛がっていないのに、なぜ?」
「先生、うちの子、全然痛がっていなかったんです。今日ここに来てびっくりしました…」
診療室で、大きな虫歯が見つかった時、保護者の方から非常によく聞く言葉です。
「虫歯になれば、子どもは泣いて痛がるはず」 もしそう思われているとしたら、それは大きな落とし穴です。
実は、子どもの虫歯は「大人の歯とは比較にならないスピードで進行」し、しかも「かなり重症化するまで痛みを訴えない」という恐ろしい特徴があるのです。
今回は、なぜそんなことが起こるのか、医学的なデータと臨床の現場の視点から解説します。
2.データで見る:「手遅れ」までのカウントダウン
まず知っていただきたいのは、乳歯の虫歯の進行スピードです。 私たちの感覚だけでなく、実際の研究データでもその「速さ」は証明されています。
📊 「1年半」は猶予期間ではありません
過去に行われた乳歯の虫歯進行に関する研究(※1)によると、
・歯の表面のエナメル質が溶け始めてから、その下の象牙質に達するまで:
平均 約264日(約9ヶ月)
・そこからさらに神経に達するまで:
平均 約269日(約9ヶ月) というデータがあります。
これを見て、「なんだ、神経まで1年半もあるのか」と安心しないでください。それは大きな間違いです。
⚠️ 神経に達するのは「末期症状」
このデータが示しているのは、「わずか半年〜9ヶ月で、すでに歯の内部(象牙質)が破壊され、治療が必要な穴が開く」という事実です。 さらに、「神経に達する」というのは、歯の寿命を縮める「末期」の状態です。
私たち歯科医が目指しているのは、神経に達するギリギリで止めることではありません。
「歯を削らずに済む初期段階(CO・C1)」や「神経を残せる段階」で食い止めることです。
⚠️ 「数週間」で穴が開くケースも
しかも、上記の期間はあくまで健康な歯の「平均」に過ぎません。以下のような条件がある場合、進行スピードは劇的に早まります。
・一度治療した歯: 詰め物と歯のわずかな隙間から菌が入ると、内部で爆発的に広がります(二次カリエス)。
・歯ぎしりをする子: 歯ぎしりの強い力でエナメル質に目に見えない「ヒビ(クラック)」が入っていると、防御壁が壊れているため、菌が直通してしまいます。
こうした条件が重なると、数ヶ月どころか「わずか数週間」で虫歯になり、穴が開いてしまうことさえあるのです。
3.なぜ子どもの虫歯は「暴走」するのか?
なぜこれほど速いのか。それは大人と子どもの歯の「構造」に決定的な違いがあるからです。
【理由①】「防御壁」が薄い(エナメル質) 歯の表面を覆う「エナメル質」の厚さは永久歯の約2分の1(半分)しかありません(※2)。防御壁が薄いため、虫歯菌の酸であっという間に溶かされ、内部への侵入を許してしまいます。
【理由②】内部が「軟らかい」(象牙質) エナメル質の下にある「象牙質」も、乳歯は永久歯に比べて有機質が多く、軟らかい構造をしています。一度菌が入ると、スポンジに水が染み込むように一気に深部へ広がります。
4.【要注意】スピードが生む「無症状の罠」
ここからが最も怖いお話です。 「進行が速いなら、すぐに痛くなるのでは?」と思われがちですが、実際はその逆。進行が速すぎるゆえに、痛みが出ないことがあるのです。
① 痛む暇もなく神経が死んでしまう 大人の虫歯はゆっくり進むため、神経が圧迫されてズキズキ痛む期間が長く続きます。 しかし子どもの場合、進行が速すぎて、「痛い」と感じるピークを迎える前に、一気に神経が死んでしまう(壊死する)ことがあります。神経が死ぬと痛みは消えるため、「治った」と勘違いして放置され、気づいた時には根の先に大きな膿の袋ができているケースも少なくありません。
② 穴が大きくて、圧力が逃げている 乳歯は脆いため、虫歯になると天井部分がごっそりと崩れ落ち、すぐに「大きな穴」になります。 見た目は派手ですが、穴が開いている分、内部のガスや圧力が外に逃げるため、皮肉にも「ズキズキする痛み(内圧の上昇)」が出にくいのです。
5.「痛くない」=「重症」のサインかもしれない
つまり、小児歯科においては「痛みの有無」は健康のバロメーターにならないということです。
子どもが「痛い!」と訴えた時には、すでに顎の骨の中まで炎症が広がり、頬が腫れたり、抜歯を避けられなかったりする段階(C3〜C4)になっていることが多々あります。 さらに、乳歯の根の病気は、その下で育っている「一生使う永久歯」の色や形、歯並びにまで悪影響(ターナー歯など)を及ぼすことが分かっています。
6.後悔しないために:3ヶ月検診の意味
「痛がっていないから大丈夫」 この思い込みを捨てていただくことが、お子さんの歯を守る第一歩です。
【ご家庭でできること】
・「見る」習慣:
仕上げ磨きの際は、明るい場所で歯を見てください。「黒い点」「白い濁り」「穴」がないか、目で見てチェックしましょう。
・フッ素の活用:
薄いエナメル質を強化するには、毎日のフッ素入り歯磨き粉と、歯科医院での高濃度フッ素塗布が必須です。
【最も確実な対策】
・「見せる」習慣:
先ほどお伝えした通り、条件によっては数週間〜数ヶ月で状況は悪化します。 だからこそ、「3ヶ月に一度」の検診が必要なのです。 3ヶ月ごとのチェックがあれば、たとえ虫歯になりかけていても、「削らずにフッ素で進行を止める」ことや「小さな詰め物で済ませる」ことができます。
まとめ
「そういえば、痛がったりしていないから最近歯医者さんに連れて行っていないな...」
もしそう思われたら、ぜひ一度瀬谷アクロスデンタルクリニックへ検診にお越しください。
私たちと一緒に、お子さんの大切な歯を「虫歯菌とのスピード勝負」から守りましょう。
【参考文献・データ出典】 本コラムは以下の歯科医学的知見に基づいています。
・(※1) 塩野谷安彦: 乳歯う蝕の進行に関する臨床的研究. 歯科月報, 1986.(※現在では倫理的観点から同様の長期放置実験は行えないため、乳歯の自然進行を知る貴重なデータとされています)
・(※2) 日本小児歯科学会 編『小児歯科学 第5版』(乳歯のエナメル質の厚径や構造的特徴について)
瀬谷アクロスデンタルクリニック
〒246-0031 神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷4-23-35 アクロスキューブ瀬谷1-1
TEL:045-489-7400