2026年2月24日

「一度失った永久歯は、二度と生えてこない」
これは私たち歯科医師にとっても、そして患者様にとっても、これまでの常識でした。
虫歯や歯周病で歯を失えば、入れ歯やブリッジ、インプラントといった「人工物」で補うしかありませんでした。
しかし今、その常識が覆されようとしています。
京都大学発のベンチャー企業と研究チームが開発中の、通称「歯生え薬(歯の再生治療薬)」が、世界的な注目を集めています。
今回は、夢の治療薬と言われるこの薬の科学的メカニズムや、2026年現在の治験の進捗、そして「今、歯を失っている私たちが待つべきなのか?」という現実的な疑問について、歯科医師の視点で論文(エビデンス)を交えて解説します。
そもそも「歯生え薬」とは?どうやって生やすの?
「薬を飲むだけで歯が生えるなんて、魔法のようだけど本当?」と思われるかもしれません。
しかし、これは魔法ではなく、分子生物学に基づいた非常に理にかなったアプローチによるものです。
鍵は「BMPシグナル」と「USAG-1」
実は、私たちの体内には「歯の成長を抑制するタンパク質(USAG-1)」が存在します。
通常、永久歯が生え揃った後は、このタンパク質が働いて「これ以上歯を作らなくていいよ」という指令(ブレーキ)を出しています。
この「歯生え薬」は、そのUSAG-1タンパク質の働きをピンポイントでブロックする「中和抗体医薬」です。
もう少し専門的に説明すると、歯の形成には「BMP(骨形成因子)シグナル」という成長スイッチが不可欠なのですが、USAG-1はこのBMPシグナルを阻害(邪魔)してしまいます。
この薬によってUSAG-1の働きを抑えれば、阻害されていたBMPシグナルが再び活性化し、体内で眠っている「歯の種(歯胚)」が目覚めて成長を始める――これが基本的なメカニズムです。

動物実験からヒトへ。現在の進捗状況(2026年最新版)
この研究は、京都大学大学院医学研究科の高橋克先生らのチーム(現・北野病院/トレジェムバイオファーマ株式会社)によって進められています。
世界を驚かせた動物実験の成功
2021年、アメリカの科学誌『Science Advances』に掲載された論文では、マウスやフェレットを使った実験で、欠損した歯を再生させることに成功したと発表されました。特にフェレットは人間と同じように乳歯から永久歯へ生え変わる動物であり、ここでの成功は臨床応用への大きな一歩となりました。
ヒトへの治験(臨床試験)の現状
動物実験での安全性確認を経て、現在はヒトへの投与試験が進んでいます。
・2024年〜2025年:第1相臨床試験 健康な成人男性を対象に薬を投与し、安全性(副作用の有無など)を確認する試験が行われました。
・2026年現在:第2相試験への移行段階 現在は、生まれつき歯が少ない「先天性無歯症」の患者様を対象とした、有効性を確認する次のステップへと進みつつあります。
日本発の技術が、世界初の「歯の再生医療」として実用化に向けて着実に階段を上っています。
私たちが使えるのはいつ?「2030年」の誤解と真実
ニュースなどで「2030年の実用化を目指す」という見出しをご覧になった方もいるかもしれません。「あと4年待てばいいの?」と思われるかもしれませんが、ここには少し誤解があります。
2030年の対象は「先天性無歯症」の方のみ
開発チームが目指している2030年の実用化は、あくまで「生まれつき歯が少ない(先天性無歯症)」のお子様たちが対象です。6本以上の歯が欠損しているといった、遺伝的な要因で悩んでいる方への救済が最優先で進められています。
一般的な虫歯・歯周病での欠損は「まだ先」の話
私たち一般の成人が、虫歯や歯周病で失った歯を再生させるための治験は、まだこれからの段階です。
安全性のハードルや対象者の広さを考えると、一般歯科治療として普及するには、そこからさらに10年、20年という長い年月がかかるというのが、医療業界の冷静な見方です。
「薬が出るまで待つ」のが危険な理由
ここが一番重要なポイントです。
「将来薬が出るなら、今はインプラントや入れ歯をせずに待っていようかな」
もしそう考えている方がいたら、歯科医師として「それは危険です」とはっきりお伝えしなければなりません。
なぜなら、「歯が生える土台」がなくなってしまうからです。
理由①:顎の骨が溶けてなくなる(骨吸収)
歯を抜けたまま放置すると、顎の骨は刺激を受けなくなり、急速に痩せて(吸収されて)いきます。
今回の取り上げた「歯生え薬」は健康な顎に対して効果をもたらす薬です。
将来、画期的な「歯生え薬」が完成したとしても、その種を植えるための「土台となる骨」がなくなっていれば、歯を生やすことはできません。
理由②:歯並びが崩壊する
歯が1本でもないと、隣の歯が倒れ込んできたり、噛み合う相手の歯が伸びてきたりして、ドミノ倒しのように歯並び全体が崩れていきます。
この状態で将来新しい歯を生やそうとしても、スペースが確保できず、治療が不可能になる可能性が高いのです。
まとめ:未来のために、今は「インプラント」などで骨を守る
「歯生え薬」は私たち歯科医師にとっても確かに夢のような技術です。
しかし、現時点では「数年後ではない次世代のための技術」と捉えるのが現実的です。
今、歯を失って悩んでいる方にとっての最善策は、「将来の可能性を残すために、今の顎の骨と歯並びを守ること」です。
インプラント治療は、単に噛めるようにするだけでなく、顎の骨に刺激を与えて骨痩せを防ぐ効果もあります。
つまり、今の適切な治療が、将来的な再生医療を受けるための準備にもなるのです。
「待つ」のではなく「守る」選択を。
瀬谷アクロスデンタルクリニックでは、10年後、20年後を見据えた治療計画をご提案しています。
最新情報が気になる方も、まずは一度ご相談ください。
【参考文献・出典】 本コラムは、以下の学術論文および公開情報を基に作成しています。
1.Murashima-Suginami A, Takahashi K, et al. “Anti–USAG-1 therapy for tooth regeneration through enhanced BMP signaling.” Science Advances, 2021; 7(7): eabf1798. https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abf1798
2.Ravi V, Takahashi K, et al. “Advances in tooth agenesis and tooth regeneration.” Regenerative Therapy, 2023; 22: 160-168. https://doi.org/10.1016/j.reth.2023.01.004
3.トレジェムバイオファーマ株式会社(Toregem Biopharma Co., Ltd.) https://toregem.co.jp/
※本記事は2026年2月時点の情報を基に作成しています。最新の治験状況により内容は変更になる可能性があります。
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