2026年6月19日
先日、診療中に患者様からこのようなご質問をいただきました。
「僕は電子タバコしか吸ったことがないのですが、歯周病のリスクは高いのでしょうか?」
実は、こうした疑問をお持ちの患者様は最近非常に増えています。たしかに電子タバコ(加熱式タバコやVAPEなど)は、従来の紙巻きタバコと比べて煙や臭いが少なく、製品によっては有害物質がカットされていると謳われているため、「お口の健康への害も少ないのではないか」と思われるのも無理はありません。
近年、健康への配慮や受動喫煙対策の観点から、最初から電子タバコを選択される方や移行される方が増加し、「電子タバコ=紙巻きタバコよりも安全」という認識が広く浸透しつつあります。しかし、結論から申し上げますと、歯周病学の観点からは、電子タバコもまた「明確な歯周病の増悪因子」であることが近年の研究により示されています。
本稿では、先ほどのご質問に対する回答として、電子タバコが歯周組織に及ぼす影響について、最新のシステマティックレビューや臨床研究のエビデンスに基づき解説いたします。
電子タバコが歯周組織に及ぼす悪影響
微小循環への影響と炎症のマスキング効果
電子タバコに含まれるニコチンは、強い血管収縮作用を持ちます。これにより歯肉の微小循環が阻害され、血流が低下するため、プロービング時の出血(BOP:Bleeding on Probing)が減少します。これは、歯周ポケットの深化やアタッチメントロス(臨床的付着の喪失)といった実際の組織破壊が進行しているにもかかわらず、炎症の初期サインが隠蔽される(マスキング効果)ことを意味します。結果として、発見が遅れ、重症化を招くリスクが高まります。
口腔内マイクロバイオームのディスバイオーシス(菌叢改変)
電子タバコのエアロゾル(プロピレングリコールや植物性グリセリンを含む)は、口腔内の常在菌バランスを崩壊させることが報告されています。有益な細菌の増殖が阻害される一方で、Porphyromonas gingivalis をはじめとする歯周病原細菌が特異的に増殖・定着しやすい環境を形成し、ディスバイオーシス(細菌叢の異常)を引き起こします。
細胞毒性と酸化ストレスの誘発
エアロゾルに含まれる微量なアルデヒド類や金属ナノ粒子、一部のフレーバー成分は、歯肉や歯根膜の線維芽細胞に対して直接的な細胞毒性を示します。これにより局所的な酸化ストレスが誘発され、IL-6やTNF-αといった炎症性サイトカインの放出が促進されます。同時に線維芽細胞の機能低下を招き、組織の修復・治癒能力を著しく遅延させます。
歯周治療における反応性の低下
非外科的歯周治療(SRPなど)後の評価においても、電子タバコ使用者は非喫煙者と比較して臨床パラメーターの改善が有意に乏しいことが確認されています。治癒が遅延するだけでなく、メインテナンス期における再発リスクも高い状態が継続します。
長期的な疫学データの現状と「予防原則」
電子タバコが世界的に広く普及したのは2010年代以降であるため、「数十年にわたる使用が最終的にどの程度の歯の喪失をもたらすか」といった長期的なコホート研究のデータは、現時点ではまだ発展途上にあります。しかし、前述のような細胞レベルでの深刻なダメージや細菌叢の悪化など、短期〜中期の臨床データからは将来的な歯周組織破壊のリスクが極めて高いことがすでに実証されています。現代の科学的根拠に基づく歯科医療においては、「長期データがないから安全」と捉えるのではなく、明確に示唆されている危険性に対して早期に警鐘を鳴らす「予防原則」の姿勢が求められています。
患者様へ:分かりやすいまとめ
冒頭の「電子タバコしか吸ったことがないけれど、リスクは高いのか?」というご質問に対する答えは、残念ながら「非喫煙者の方に比べて、リスクは確実に高くなります」となります。

少し難しい専門用語が並びましたが、患者様に知っていただきたい大切なポイントは以下の4つです。
「血が出ない」は治ったサインではありません
電子タバコの成分によって歯茎の血管が縮み、本来ならSOSのサインである「歯磨き時の出血」が隠されてしまいます。気づかないうちに歯周病が奥深くで進行してしまうのが一番の怖さです。
歯周病のばい菌が住みやすい環境になります
電子タバコの煙(蒸気)は、お口の中の「良い菌」を減らし、「歯周病の悪い菌」を元気にしてしまうことが分かっています。
治療の治りが悪くなります
歯茎の細胞がダメージを受けるため、一生懸命に歯周病の治療やクリーニングを行っても、たばこを吸っていない方に比べて治りが遅く、再発もしやすくなります。
「新しいから安全」ではありません
電子タバコは歴史が浅いため、20年、30年後の歯への影響はまだ完全には証明されていません。しかし、現在の研究段階でも「歯茎の細胞や環境を確実に悪くする」ことが分かっているため、決して安心できるものではありません。
「煙が出ないから、においが少ないから歯にも優しい」わけではありません。一生ご自身の歯でおいしく食事を楽しむためには、定期的な検診と正しいリスク管理が不可欠です。
瀬谷アクロスデンタルクリニックでは、こうした最新の科学的根拠(エビデンス)を常にアップデートし、お一人おひとりの生活背景に寄り添った予防プログラムをご提案しています。お口のことで少しでも気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
【参考文献】
1.Holliday, R., et al. (2021). “Electronic Cigarettes and Oral Health: A Systematic Review.” Journal of Dental Research.
2.Pushalkar, S., et al. (2020). “Electronic Cigarette Aerosol Modulates the Oral Microbiome and Increases Risk of Infection.” iScience.
3.Javed, F., & Rahman, I. (2019). “Impact of E-cigarettes on Periodontal Health: A Scoping Review.” Journal of Clinical Periodontology.
4.その他、日本歯周病学会および各国際歯周病学会における喫煙・電子タバコに関するポジションペーパー等
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