2026年8月17日
こんにちは、瀬谷アクロスデンタルクリニックです。
先日、入れ歯の作り直しを検討されている高齢の患者さまと、その娘さまとお話ししていた際、このようなご相談を受けました。
「新しく入れ歯を作るために、今ある歯をもう一度治療する必要があると聞きました。何度も治療を重ねるくらいなら、いっそ残っている歯を全部抜いて、総入れ歯にしてしまった方がすっきりして楽なのではないでしょうか……?」
度重なる治療への負担感や、「すべて総入れ歯にしてしまえば、これ以上虫歯や歯周病に悩まされずに済む(ゴールを迎える)」というお気持ちから、このように考えられる方は実は少なくありません。
一見、合理的で楽な方法のように思えるかもしれません。しかし、私たちは「適切に治療を施し、ある程度しっかり機能させられる歯であれば、たとえ数本であっても残すことには巨大な価値がある」と考えています。
今回は、その時にお伝えした「列車の例え話」を交えながら、部分入れ歯と総入れ歯の決定的な違いについてお話しします。
もしも、手すりも座席もない列車に乗ったら?
部分入れ歯と総入れ歯の違い、それは「揺れる列車の中に、体を支える構造物があるかどうか」に非常によく似ています。
総入れ歯=「床だけの板張り列車」
すべての歯を失った状態(総入れ歯)は、言わば何もない床だけの板張りの列車にそのまま乗車するようなものです。
列車が走れば(物を噛んだり、顎を動かしたりすれば)、当然激しく揺れます。しかし、掴まるための手すりも、吊り革も、背もたれになる座席もありません。足の裏(歯茎の粘膜)だけで必死に踏ん張るしかないため、どうしても滑ったり、位置がズレたりして不安定になりやすいのです。
部分入れ歯=「手すりや座席がある列車」
一方で、ある程度しっかりした歯が少しでも残っている状態(部分入れ歯)は、列車の中に手すり、吊り革、座席、さらには天井や壁といった構造物がしっかり備わっているのと同じです。
列車がどれだけ揺れても、ガシッと手すり(残った歯)を掴むことができるため、入れ歯がガタつかず、圧倒的な安定感が生まれます。

【重要】ただし、「どんな歯でも残せばいい」わけではありません
ここで一つ、とても大切な前提があります。私たちが「歯を残しましょう」と言うとき、それは「どんな状態の歯でも無理に残す」という意味ではありません。
すでに根元までボロボロになっていたり、重度の歯周病でグラグラになってしまっているような「保存不可能な歯」は、むしろ適切に抜歯をする必要があります。
これを列車に例えるなら、「今にも根元からポキッと折れそうな、壊れかけた手すり」です。 そんな壊れた手すりに体重を預けてしまったら、強い力がかかった瞬間に折れて、かえって大怪我をしてしまいますよね。また、傷んだ構造物をそのままにしておくと、周囲の健康な床や壁(隣の健康な歯や顎の骨)まで傷めてしまう原因になります。
そのため、診察の上で「これ以上支えとして機能できない」と判断した歯については、将来の入れ歯をより安定させるためにも、前向きな選択として抜歯をご提案させていただきます。
私たちが守りたいのは、治療によって再び「信頼できる頑丈な手すり」として活躍してくれる歯なのです。
1本の歯がもたらす「感覚」の差
しっかりとした天然歯が1本あるかないかで、入れ歯の「外れにくさ」「動きにくさ」が劇的に変わるだけでなく、もう一つ大きなメリットがあります。それは「噛む感覚」です。
ご自身の歯の根元には「歯根膜(しこんまく)」という、噛んだときの硬さや感触を脳に伝える大切なセンサーが備わっています。これが残っていることで、ご飯を「美味しい、噛み応えがある」と感じる豊かな食生活を維持しやすくなります。
すべてを総入れ歯にしてしまうと、この素晴らしいセンサーもすべて失われてしまうことになります。
「素人考えだった」と言ってくれた患者さま
この「列車のアナロジー」をお話ししたところ、娘さまとお母さまは深く納得され、「なるほど、何もない部屋にポツンといるのと、捕まる壁があるのとでは全然違いますね。グラグラの手すりじゃ意味がないというのもよく分かります。素人考えで全部抜くなんて言わなくてよかった」と笑顔で話してくださいました。そして、今ある大切な歯を守るための再治療へ、前向きに進まれることになりました。
私たちは、ただ機械的に歯を治療するだけでなく、患者さまが「なぜこの治療が必要なのか、あるいはなぜ抜歯が必要なのか」を心から納得し、安心して選択できるお手伝いをしたいと考えています。
「何度も治療するのが大変」「入れ歯が合わなくて困っている」という方は、ぜひ一度、当クリニックまでお気軽にご相談ください。あなたの大切な「手すり」を一本でも多く守り、快適に食事ができる方法を一緒に考えていきましょう。
【参考文献・根拠とした公的指針】
当クリニックの医療コラムは、患者さまに正確な情報をお届けするため、以下の学術的データや学会のガイドライン等に基づき執筆・監修を行っています。
1.公益社団法人 日本補綴歯科学会:『科学的根拠に基づく有床義歯補綴診療ガイドライン』
(残存歯がある場合の部分床義歯の設計、および維持・安定に関する基本指針)
2.公益社団法人 日本補綴歯科学会:『有床義歯補綴診療のガイドライン』
(予後不良歯の抜歯判断基準、および将来的な組織保存に関するガイドライン)
3.歯科補綴学における基礎的知見:
天然歯(歯根膜支持)と無歯顎(粘膜支持)における被圧変位量の差(約10〜50倍の差)、および歯根膜機械受容器による固有感覚(咀嚼時の硬さや位置の認知)の維持に関する学術論文。
瀬谷アクロスデンタルクリニック
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