2026年8月12日
お子さんの虫歯治療中、「お薬(麻酔)をしたから痛くないはずだよ」となだめても、「痛い!」と手を挙げたり泣いてしまったりすることがあります。
保護者の方としては、「麻酔が効いていないのかな?」「うちの子は少し我慢強さが足りないのかな?」と心配になるかもしれません。しかし、これは麻酔の効き目や我慢強さの問題ではなく、お子さんの「感覚の発達過程」が大きく関係しています。
麻酔を受け入れられたこと自体が「大きな一歩」です
まず最初にお伝えしたいのは、「麻酔の処置を受け入れられた」ということ自体が、お子さんにとって非常に大きな成長の証であるということです。
歯科医院のチェアに座り、お口を開け、注射という恐怖を乗り越えて麻酔ができた——これは、お子さんが歯科治療という高いハードルを一つクリアした輝かしい「できた!」の瞬間です。まずはその頑張りをしっかりと認め、たくさん褒めてあげることが何より大切です。
「不快感」と「痛み」は、成長とともに分かれていく

では、なぜ麻酔ができたあとに「痛い」と感じてしまうのでしょうか。これには、小児期特有の感覚の発達(分化)が関係しています。
生まれたばかりのお子さんの感覚や気持ちは、大人のように複雑ではありません。最初は大きく分けて「快(心地よい・好き)」か「不快(嫌だ・気持ち悪い)」の2つしか存在しないのです。
成長するにつれて、脳の中で「不快」という大きな枠組みから、「怖い」「冷たい」「押されて苦しい」「痛い」といった細かい感覚が少しずつ分かれて(識別できるように)なっていきます。
麻酔で「消える感覚」と「残る感覚」
歯科の局所麻酔は「痛み(痛覚)」をしっかりと遮断します。しかし、以下のような感覚は麻酔をしてもそのまま脳に届きます。
・歯を削る器械の「ブルブルという振動」
・歯ぐきや歯に加わる「グーッと押される力(圧迫感)」
・治療中のお水や風の「ヒヤッとする感覚」
感覚の発達が途上にあるお子さんの脳は、この「残った不快感(振動や押される感じ)」を、ダイレクトに「痛い!」として処理してしまうことがあります。つまり、実際に「痛覚」が働いているのではなく、「嫌な感覚(不快)=痛い」と脳が受け止めている状態なのです。
さらに、「嫌だな」「怖いな」と一度心のスイッチが入ると、脳は感覚に対して過敏になり、普段なら平気な振動ですら強い痛みのようにお子さん自身が感じてしまいます。
当院が大切にする「スモールステップ」の小児歯科診療
当クリニックでは、お子さんが一生涯にわたって健康な歯を守っていけるよう、スモールステップという方法での歯科診療受診態度の確立を目指しています。
治療のゴールは「今日1日で無理やり歯を削り切ること」ではありません。
感覚のサポート
「痛いの?我慢してね」と感覚を否定するのではなく、「お薬は効いているけれど、ブルブルして気持ち悪いね」「押されている感じがするね」と、不快の正体を言葉にしてあげることで、お子さん自身も「これは痛いのではなく、振動なんだ」と学んでいきます。
安全と適応を最優先
お子さんの安全を守るため、体重に応じた適切な麻酔薬の上限量(最大投与量)を徹底して厳守します。限界を超えた追加麻酔は行わず、お子さんのペースに合わせて段階的に慣れていくアプローチをとります。
「麻酔ができた」という今日の大進歩をしっかりと自信に変え、少しずつ「治療の感覚」に慣れていくこと。この1回1回のステップの積み重ねこそが、未来の健やかなお口の環境を作ります。
お子さんの成長の歩みに寄り添いながら治療を進めてまいりますので、どうぞ安心してお任せください。
【参考文献・学術的背景】
1.Bridges, K. M. (1932). Emotional Development in Early Infancy. Child Development, 3(4), 324-341.(乳幼児期における感情・感覚が「未分化な興奮」から「快・不快」、さらに「恐れ・怒り」等へ分化していく発達過程を示した基礎理論)
2.全国小児歯科開業医会(JSPP)編 / 日本小児歯科学会 監修 『小児歯科マニュアル 第3版』 医歯薬出版.
(小児における行動調整法〈Behavior Management〉、局所麻酔薬の体重換算による安全投与量および小児の心理的適応プロセス)
3.熊本 剛, 他 (2018). 『小児歯科臨床における行動受容と心理的アプローチ』 小児歯科臨床, 23(5), 12-18.(小児の痛覚と圧覚・振動覚の混同メカニズムおよび、スモールステップによる段階的歯科受容体制の構築に関する検討)
瀬谷アクロスデンタルクリニック
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